配る前に、取るな──補助という名のコスト構造を疑う

はじめに

政府はよく「支援する」と言う。

  • 子育て支援
  • 物価高対策
  • 地方移住支援

一見するとよい政策に思えるかもしれない。

しかし、その前提を一度疑った方がよい。

そもそも、そのお金はどこから来ているのか。

答えはシンプルだ。

先に取っている。

「取ってから配る」という構造

現在の制度は基本的にこの形で動いている。

  1. 税金として徴収する
  2. 行政が配分する
  3. 対象者に支給する

一見合理的に見えるが、この構造には根本的な問題がある。

それは、

取らなければ配る必要がない

という点である。

見えにくいコスト

「取って配る」には、目に見えないコストが存在する。

  • 事務コスト(人件費・システム)
  • 審査コスト(条件判定)
  • 時間コスト(申請・待機)
  • 情報コスト(制度理解)

つまり、

配られる金額よりも、社会全体では多くのコストを消費している

と言える。

補助金はなぜ増え続けるのか

補助金は一度始まると、簡単には終わらない。

理由は3つある。

① 利益が集中する

  • 受給者は明確に得をする
  • 廃止に強く反対する

② 負担が分散する

  • 納税者一人あたりの負担が小さく見える
  • 反対のインセンティブが弱い

③ 政治的に使いやすい

  • 「配る」ことは分かりやすい成果
  • 短期的な支持につながる

結果として、

非効率でも制度は残る

「支援」の正体

多くの支援策は、実際にはこうなっている。

  • 自分で使えるはずだったお金を一度回収される
  • 条件付きで一部が戻ってくる

これは本質的に、

自由度の低下

である。

具体例で考える

例えば、

  • 子育て給付金
  • 住宅補助
  • 地方移住支援

これらはすべて、

  • 税金として徴収
  • 条件付きで再分配

という構造を持つ。

もし最初から取られていなければ、

  • 自分の判断で使える
  • 手続きも不要

なのは明らかだ。

本来あるべき設計

ではどうすべきか。

答えはシンプルである。

取る量を減らす

これに尽きる。

減税という選択

減税は「地味」に見える。

  • 何かを配るわけではない
  • 目に見えるイベントがない

しかし実態としては、

最も効率的な支援

である。

理由は、

  • 中間コストが発生しない
  • 個人の自由度が最大化される
  • 手続きが不要

だからだ。

それでも補助が必要な領域

もちろん、すべてを減税で解決できるわけではない。

  • 生活困窮者
  • 災害対応
  • 公共インフラ

などは例外である。

重要なのは、

補助は例外であるべき

という原則である。

制度設計の観点

本質はここにある。

  • 取る前提で考えるか
  • 取らない前提で考えるか

この違いが、

制度の設計を大きく変える。

結論

現在の多くの政策は、

「取ってから配る」ことを前提に設計されている

しかし本来は逆であるべきだ。

配る前に、取るな

この一言に尽きる。

おわりに

制度は複雑であるほどよいというわけではない。

むしろ、

  • シンプルで
  • 中間コストが少なく
  • 自由度が高い

方が望ましい。

補助金を増やす前に、

そもそも取る必要があるのか

この視点から見直すべきである。

この記事を書いた人 Wrote this article

ぜんたろう

ぜんたろう

FP2級/宅建士。お金の話が好物。インデックス投資がメインなのに個別株・ETFにも手を出す。ここ数年で投資スタイルが確立した筈だがジャンク株に心を奪われがち。 --- 永遠の見習いプログラマ (SIer複数→スタートアップ複数→大きめベンチャー)

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