1990年、日本の大学は508校だった[1]。
2025年には810校となり、そのうち624校を私立大学が占めている[2]。
一方、18歳人口は1992年の約205万人をピークに減少し、2024年には106万人まで縮小した[3]。
2025年度には私立大学全体の入学定員充足率が101.61%まで回復した。それでも、集計対象となった私立大学594校のうち316校、53.2%が入学定員を満たしていない[4]。
社会保障給付費は1990年度の47.2兆円から大きく増加し[5]、2023年度には135.5兆円となった[6]。
2026年度の予算ベースでは144.1兆円である[7]。
もちろん、大学数が増えたことにも、社会保障費が増えたことにも、それぞれ事情はある。
大学進学率は上昇した。
高齢化によって医療、介護、年金の需要も増えた。
数字が増えたというだけで、すべてを失敗と断定することはできない。
問題は、社会環境が変わった後も、古くなった制度や組織を縮小し、統合し、終了させる仕組みが十分に働かないことにある。
行政は、新しい制度を作ることには慣れている。
しかし、一度作った制度を終わらせることには慣れていない。日本の役所が失敗を繰り返す最大の理由は、役人が一人残らず無能だからではない。制度を始める者は評価される一方、制度を終わらせる者は反発と責任を引き受ける。この構造が放置されているからである。
行政では「始めること」が成果になり、「終わらせること」は失点になる
新しい政策は成果として説明しやすい。
- 新しい法律を作った。
- 補助金を創設した。
- 支援対象を拡大した。
- 相談窓口を設置した。
- 予算を前年より増やした。
これらはすべて、政治家にも省庁にも分かりやすい実績になる。予算額、採択件数、利用者数、説明会の開催回数など、数字にも置き換えやすい。一方、制度の廃止は成果として見えにくい。制度を終わらせれば、受給者や業界団体から反発される。担当部署の仕事が減る。予算と人員を削られる。廃止後に問題が起きれば、「なぜ制度をなくしたのか」と責任を問われる。継続して問題が起きても責任は曖昧になりやすいが、廃止して問題が起きれば、廃止を決めた者の責任になる。
行政組織の中で合理的に行動するほど、制度は廃止されにくくなる。日本の地方自治体における病院事業とダム事業の終了を分析した研究でも、政策の終了には、需要や経営状況の変化だけでなく、首長交代や議会構成などの政治状況、撤退コスト、政策の必要性をめぐる知識が影響すると整理されている。また、単なる政策の見直しに比べて、政策の終了には利害関係者からより強い反対が生じるため、そもそも終了が議題に上がりにくいことも指摘されている[8]。制度を続ける側には、給付を受ける人、補助金を受ける事業者、制度を担当する部署など、具体的な当事者がいる。一方、制度の廃止によって得られる利益は、税負担や事務負担の軽減という形で、国民全体に薄く広く分散する。制度を続けたい少数の当事者は強く反対するが、廃止によって少しずつ利益を得る多数の国民は、わざわざ強い運動を起こさない。この非対称性こそが、行政を膨張させる。
大学政策は「予測できなかった失敗」ではない
大学政策は、この構造を分かりやすく示している。1990年の日本の大学数は508校だった[1]。2025年には810校となっている[2]。約35年間で、6割近く増えた計算になる。大学進学率が上昇した時代に、大学が増えたこと自体は不自然ではない。しかし、2002年の中央教育審議会答申では、医師、歯科医師、獣医師、教員、船舶職員の養成分野を例外として、大学等の設置に関する抑制方針を基本的に撤廃する方針が示された[9]。その後も18歳人口は減少を続けたが、供給側の整理はほとんど進まなかった。中央教育審議会は2005年の時点で、18歳人口の減少により大学・短期大学の収容力が2007年に100%へ達し、その後は在籍者数の減少によって経営が困難になる学校が生じ得ると見通していた[10]。
つまり、少子化も定員割れも突然起きたわけではない。予測できなかったのではない。予測していたのに、大学数と定員を需要に合わせて縮小する仕組みを作らなかったのである。2025年度には、私立大学全体の入学定員充足率が101.61%まで回復した。それでも、集計対象となった私立大学594校のうち316校、53.2%が定員未充足だった[4]。大規模大学が定員を上回る学生を集める一方、半数を超える大学が定員を満たしていない。全体の充足率だけでは、この偏りは見えない。
ここで行政が選びやすいのは、大学を減らすことではない。定員管理を調整する。補助金の配分方法を変える。新しい学部への転換を支援する。地域貢献やリカレント教育という新たな役割を与える。外国人留学生や社会人学生の獲得を促す。これらは一つひとつを見れば合理性がある。しかし、積み重なると「需要が減った組織をどう整理するか」という本来の問題が先送りされる。大学には教職員がいる。学校法人がある。取引先がある。周辺の賃貸住宅や商店がある。地方では、大学が雇用と人口を支える存在にもなっている。
だから閉学や統合には強い摩擦が生じる。その摩擦を避けるため、既存組織を維持する新しい政策が追加される。大学を増やした政策の後始末が、大学を減らす政策ではなく、大学を延命する政策になりやすいのである。これは問題の解決ではない。問題の費用を、学生、保護者、納税者、将来世代へ移し替えているだけである。
社会保障は必要だからこそ、複雑化を放置できない
社会保障については、大学より慎重に考える必要がある。医療、介護、年金、生活保護、子育て支援は、採算が取れないからといって簡単に廃止できるものではない。高齢化が進めば給付費が増えるのも当然である。それでも、必要な制度であることと、複雑な制度を無期限に積み上げてよいことは別である。社会保障給付費は、1990年度には47.2兆円だった[5]。2023年度には135.5兆円へ増えた[6]。2026年度には予算ベースで144.1兆円となり、保険料と公費で支える規模はさらに大きくなる[7]。これほど巨大な制度であれば、本来は重複や事務負担を徹底的に減らさなければならない。
ところが実際には、問題が見つかるたびに給付、加算、助成、減免、特例が追加される。既存制度では救えない人がいる。所得制限の境界で不公平が起きる。自治体ごとに事情が異なる。現場の事業者に新たな対応を求める。そのたびに例外規定が増え、申請書が増え、確認項目が増える。厚生労働省は、介護分野における指定申請や加算の届出について、文書負担と自治体独自のローカルルールが事業者の負担になっているとして、標準様式や電子申請の導入を進めている[11]。これは、制度を運用する側自身が、手続の複雑化を問題として認めているということである。制度を利用する国民だけが苦しむのではない。自治体職員も、医療機関も、介護事業者も、制度を説明し、申請を受け、審査し、記録し、監査するための人員を必要とする。制度の複雑さが、新たな行政需要を生む。
新たな行政需要に対応するため、さらに通知、様式、システム、支援制度が作られる。こうして制度は自己増殖する。社会保障を守るために必要なのは、制度を増やし続けることではない。限られた人員と財源で本当に必要な給付を続けられるよう、古い仕組みを整理することである。
政策評価があっても、政策は終わらない
日本には政策評価制度がある。2001年に政策評価法が成立し、各府省は政策の必要性、効率性、有効性を評価し、その結果を政策へ反映することになっている[12]。行政事業レビューでも、予算額、執行額、活動実績、アウトプット、アウトカムなどを記載する。制度上は、何も評価していないわけではない。それでも制度が終わらないのは、評価の仕組みと廃止の判断が分離しているからである。評価書を作る。目標を設定する。実績を書く。有識者から意見をもらう。改善点を記載する。
しかし、評価が悪ければ自動的に予算がなくなるわけではない。目的を達成できなければ自動的に制度が終了するわけでもない。評価結果が「見直し」「改善」「重点化」という言葉に置き換えられ、制度そのものは残る。日本の政策評価は、目標に対する進捗状況を測る実績評価に偏りやすく、その評価が政策の終了には十分つながっていないと山谷清志は指摘している[13]。評価制度が、政策を終わらせる装置ではなく、政策を続けながら改善したと説明する装置になれば、書類だけが増える。行政評価まで自己目的化するのである。
クールジャパン機構は「撤退ルールが動き始めた例」である
最近、この構造を象徴する事例が表面化した。官民ファンドの海外需要開拓支援機構、いわゆるクールジャパン機構である。クールジャパン機構は、日本のコンテンツ、食品、観光、地域産品などの海外展開を投資によって支援するため、2013年11月に設立された。設立以来の支援決定は83件、支援決定額は累計約2,040億円となった[14]。2026年3月末時点の出資額は、政府による産業投資出資が1,406億円、民間出資が107億円である。しかし、2025年度には220億円を投資する一方、157億円の純損失を計上した。2026年3月末の累積損失は540億円となり、目標の426億円を114億円上回った[15]。
この目標未達を受け、新規の支援決定は見合わされ、これまでの投資実績の振り返りと要因分析、制度上の課題などを検証する検討会が設置された。政府方針では、見直しによる成果が上がらない場合、他機関との統合または廃止を前提に具体的な道筋を検討するとされている[15]。したがって、この資料の公表時点でクールジャパン機構の廃止が決まったわけではない。また、第13期事業報告でも、政府のクールジャパン戦略が引き続き推進されていることが確認できる[14]。したがって、クールジャパン機構の見直しは、直ちにクールジャパン政策全体の終了を意味するものではない。見直しの対象となっているのは、投資主体であるクールジャパン機構の在り方である。
この事例は、行政がまったく撤退しないことを示す例ではない。むしろ、事前に最低限達成すべき計画と、未達の場合の見直し条件が設定されていたため、統合や廃止の検討がようやく動き始めた例である。しかし同時に、設立から約13年、累積損失が540億円に達するまで、本格的な撤退判断に入れなかった例でもある。評価するだけでは足りない。評価結果が一定の基準を下回ったとき、縮小、統合、廃止へ自動的に進む仕組みが必要なのである。
政府自身も「終了期限がない」ことを問題視し始めた
クールジャパン機構だけの話ではない。政府は2024年、国の約200基金事業を対象に点検と見直しを行った。その結果、すべての事業に定量的な成果目標を設定し、原則10年以内の終了予定時期を設けるとともに、支出が管理費のみとなっている事業のうち、事業自体が終了しているものは廃止する方針を打ち出した[16]。これは前進である。同時に、それまで多くの基金に明確な終了時期や定量的な成果目標が組み込まれていなかったことの裏返しでもある。
本来、政策は始める時点で終わり方まで設計されていなければならない。何を達成すれば終了するのか。何年後に見直すのか。効果がなければ誰が廃止を決めるのか。残った資金や組織をどう処理するのか。これらを決めずに制度を始めれば、終了判断は将来の政治家と官僚へ先送りされる。先送りされた時点では、すでに受益者、担当部署、委託先、関連システムが存在する。当然、廃止はさらに難しくなる。
必要なのは、新しい改革組織ではなく「自動的に終わる仕組み」である
行政改革というと、新しい会議や有識者組織が作られやすい。改革推進本部を作る。検討会を設置する。新しい評価指標を導入する。だが、制度を減らすために制度を一つ追加するだけでは、行政の膨張は止まらない。必要なのは、政策を終わらせるルールである。ここまでの問題を踏まえると、具体策としては、たとえば次のようなルールが考えられる。
第一に、すべての新規事業に終了期限を付ける。原則3年または5年で失効し、継続する場合だけ再承認する。現在のように「廃止を決めなければ継続」ではなく、「継続を決めなければ終了」へ原則を反転させる。
第二に、評価主体を事業担当部局から切り離す。自分たちが作り、自分たちが運営している制度を、自分たちだけで廃止判定するのは難しい。継続の可否は、予算、人員、利用実績、政策効果を横断的に見られる第三者が判断すべきである。
第三に、制度の新設と同じように、廃止と統合を成果として評価する。削減した予算額。減らした申請書類。廃止した会議体。統合した窓口。削減した自治体と事業者の作業時間。これらを省庁幹部と政治家の実績にしなければならない。
第四に、撤退時の損失は恒久補助ではなく、期限付きの移行支援で処理する。大学を統合するなら、在学生の卒業と教職員の転職を支援する。制度を廃止するなら、利用者が代替制度へ移る期間を設ける。撤退による痛みを無視するのではなく、痛みを理由に制度を永久保存しない仕組みが必要である。
第五に、似た制度を追加する前に、既存制度の統合を義務付ける。新しい給付を一つ作るなら、同じ目的を持つ古い給付を整理する。新しい補助金を作るなら、既存の補助金との重複を解消する。新しい組織を作るなら、役割を終えた組織を閉じる。
これらのうち、終了期限を設けることと、重要な制度を一定の独立性を持つ主体が見直すことについては、OECDも同様の方向性を示している。OECDは、既存規制を継続的に見直す仕組みとして、法令へのレビュー条項の組み込みや、一定期間後に失効させるサンセット制度などを挙げている[17]。
撤退は失敗ではない
制度を廃止すると、「政策が失敗した」と見られやすい。だから政治家も官僚も廃止を避ける。しかし、社会は変化する。人口は減る。産業は変わる。技術は進歩する。生活様式も変わる。作った当時に必要だった制度が、30年後も同じ形で必要とは限らない。役割を終えた制度を閉じることは、失敗ではない。環境の変化に合わせて政策を更新したということである。本当の失敗は、効果が薄れた制度を、誰も責任を取りたくないという理由で残し続けることだ。
日本の行政に足りないのは、新しい政策を作る能力ではない。大学も増やした。給付も増やした。補助金も基金も増やした。評価制度も作った。足りないのは、不要になった制度を終わらせる能力である。成熟した国家に必要なのは、何かを始めた政治家や官僚だけが評価される仕組みではない。何かを正常に終わらせた者も評価される仕組みである。
行政が失敗を繰り返すのは、反省しないからだけではない。
反省しても、撤退できないからである。
参考文献
[1] 文部科学省, Japanese Government Policies in Education, Science and Culture 1990, “Scale of Higher Education”, 1990年.
https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpae199001/hpae199001_2_013.html
[2] 文部科学省, 「公立大学について」, 2025年.
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/kouritsu/
[3] 文部科学省, 『関係データ集』, 中央教育審議会大学分科会(第181回)・高等教育の在り方に関する特別部会(第15回)合同会議 参考資料1, 2025年.
https://www.mext.go.jp/content/20250128-mxt_koutou02-000039884_14.pdf
[4] 日本私立学校振興・共済事業団, 『令和7(2025)年度 私立大学・短期大学等 入学志願動向』, 2025年.
https://www.shigaku.go.jp/files/shigan_doukouR7.pdf
[5] 国立社会保障・人口問題研究所, 「平成11年度社会保障給付費(概要)」, 2001年.
https://www.mhlw.go.jp/shingi/0112/s1213-2d.html
[6] 国立社会保障・人口問題研究所, 『令和5年度 社会保障費用統計』, 2025年.
https://www.ipss.go.jp/ss-cost/j/fsss-R05/R05-houdougaiyou.pdf
[7] 厚生労働省, 「給付と負担について」, 2026年.
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21509.html
[8] Itaru Yanagi, “Factors of Policy Termination: A Qualitative Comparative Analysis Within Japan’s Local Governments”, Ritsumeikan Law Review, No. 39, 2021年.
https://doi.org/10.34382/00014880
[9] 中央教育審議会, 『大学の質の保証に係る新たなシステムの構築について(答申)』, 2002年.
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/020801.htm
[10] 中央教育審議会, 『我が国の高等教育の将来像(答申)』, 2005年.
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/05013101.htm
[11] エム・アール・アイ リサーチアソシエイツ, 『介護分野における文書負担軽減に関する取組や行政手続等に関するローカルルールについての調査研究事業(令和5年度) 報告書概要版』, 2024年.
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001234670.pdf
[12] e-Gov法令検索, 「行政機関が行う政策の評価に関する法律」, 2001年.
https://laws.e-gov.go.jp/law/413AC0000000086
[13] 山谷清志, 「政策終了と政策評価制度」, 『公共政策研究』第12号, 2012年.
https://doi.org/10.32202/publicpolicystudies.12.0_61
[14] 株式会社海外需要開拓支援機構, 『第13期事業年度 事業報告』, 2026年.
https://www.cj-fund.co.jp/files/investment/report_r07_01.pdf
[15] 株式会社海外需要開拓支援機構, 『改革工程表2021を踏まえた修正後計画の進捗状況』, 2026年.
https://www.cj-fund.co.jp/files/investment/report_progress_202606.pdf
[16] 行政改革推進会議, 「基金全体の点検・見直し結果について」, デジタル行財政改革会議(第5回)参考資料1, 2024年.
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_gyozaikaikaku/kaigi5/sankou1.pdf
[17] OECD, Reviewing the Stock of Regulation, OECD Best Practice Principles for Regulatory Policy, 2020年.
https://doi.org/10.1787/1a8f33bc-en
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この記事を書いた人 Wrote this article
ぜんたろう
FP2級/宅建士。お金の話が好物。インデックス投資がメインなのに個別株・ETFにも手を出す。ここ数年で投資スタイルが確立した筈だがジャンク株に心を奪われがち。 --- 永遠の見習いプログラマ (SIer複数→スタートアップ複数→大きめベンチャー)